高齢者のための熱中症対策 命を守る予防と応急処置を解説

近年、日本の夏は厳しさを増しており、熱中症は誰にとっても身近な健康リスクとなっています。環境省の「熱中症環境保健マニュアル」によると、2024年5月から9月にかけての救急搬送者数は過去最多の97,578人にのぼり、同年の死亡者数(6月~9月概数)は2,033人と報告されています。

参考:熱中症環境保健マニュアル ~総論~(2025年7月版)

しかし、熱中症は正しい知識を身につけ、適切な予防策を実践することで防ぐことができます。今回は、高齢者が熱中症になりやすい理由と具体的な予防策、そして万が一の時の応急処置までを分かりやすく解説します

第1章 なぜ高齢者は熱中症になりやすいのか? 3つのポイント

熱中症になっているおじいさん

熱中症の危険は、単に「暑いから」ではありません。加齢に伴う体の変化が、熱中症を引き起こす根本的な要因となる場合があります。まずは、高齢者が特に注意すべき3つの生理的なポイントについて詳しく解説します。

1.1. 「体内のエアコン」の機能低下

人の体には、体温を一定に保つための精密な機能が備わっています。その一つが「発汗」です。汗が蒸発する際に体の熱を奪い、体温を下げる「気化熱」という仕組みが働きます。しかし、高齢者の方は、この発汗機能が低下する傾向にあります。その結果、体内にこもった熱を効率的に外へ逃がすことが難しくなります。

また、皮膚の表面を流れる血液の量を調節する働きも衰えることが知られています。通常、体が熱くなると皮膚の血管が拡張して血流を増やし、熱を外に放出しますが、この機能が低下することで、体の熱を効率的に下げることが困難になります。

これらの機能低下は、体温を下げるための「体内のエアコン」が十分に機能しない状態に似ています。この結果、本人はあまり汗をかかず、「暑さが平気」だと感じていても、実際には体の中に熱が蓄積されており、熱中症の一歩手前にあるという「体感と体調のギャップ」が生まれます。このギャップこそ、高齢者の熱中症が、本人が自覚しないまま進行して重症化しやすい最大の原因です。

参考:体温調節機能が若者とは違います | テルモ体温研究所

このような状況では、単に「暑いから気をつけましょう」という呼びかけだけでは不十分で、「暑さを感じなくても対策が必要」という、予防意識を持つことが必要です。

1.2. 暑さや喉の渇きを感じにくい体の変化

高齢者の方は、体温調節機能の低下に加え、暑さそのものや喉の渇きに対する感覚も鈍くなる傾向があります。喉の渇きは、体内の水分が不足し始めたことを知らせる重要なサインですが、このサインがうまく機能しない場合があります。その結果、知らず知らずのうちに脱水が進行し、水分補給のタイミングが遅れてしまうのです。

「喉が渇いてから水を飲む」という習慣は、高齢者にとっては危険である場合があります。喉の渇きを感じる頃には、すでに体重の約2%の水分が失われた軽度の脱水状態に陥っている可能性があるからです。

1.3. 体内に水分を溜めにくい

加齢に伴い、体内の水分量は減少します。一般的に、若者の体は約60%が水分で構成されていますが、高齢者はこの割合が低くなります。さらに、筋肉には体内の水分を蓄える重要な役割がありますが、高齢者は筋肉量が減少しやすいため、水分を保持する能力も低下します。たとえわずかな発汗や水分摂取量の不足であっても、高齢者は若者よりも速く深刻な脱水症状を引き起こすリスクがあります。

熱中症予防には、単に短期的な水分補給だけでなく、日頃から筋肉を維持するようなバランスの取れた食事(特にタンパク質の摂取)や、十分な睡眠といった、日頃の意識が重要です。

第2章 見過ごされがちな熱中症の初期サインと、段階的な症状

注意

熱中症は突然発症するように見えますが、実は体に小さな「サイン」を送っています。このサインを早期に発見することが、重症化を防ぐための第一歩です。高齢者の場合、初期症状が「夏バテ」や「疲れ」と間違われやすい傾向にあるため、特に注意が必要です。

2.1. いつもと違う「ぼんやり」や「だるさ」に要注意

熱中症の初期には、めまい、立ちくらみ、顔のほてり、手足の筋肉痛やけいれん、大量の発汗といった症状が見られます。これらは、脱水によって全身に必要な血液や酸素が十分に行き渡らなくなることで引き起こされます。

しかし、さらに見過ごされがちなのが「いつもと違う様子」です。具体的には、体がだるく力が入らない、吐き気がある、頭痛を伴うといった症状に加え、特に「ぼんやりしている」「元気がない」といった変化が熱中症のサインであることがあります。これらの微妙な変化は、本人が自覚しにくく、周囲からも見過ごされがちで、非常に危険です。

ご家族や周囲の方々が「ぼんやりしている」「元気がない」といった些細な変化に気づくことが、重症化を未然に防ぐ鍵となります。

2.2. 段階別・熱中症のサイン一覧

熱中症の症状は、その進行度によって3つの段階に分類されます。それぞれの段階で取るべき行動が異なります。

重症度典型的な症状必要な対応
軽症(I度)めまい、筋肉痛、筋肉の硬直、手足のしびれ、気分の不快涼しい場所へ移動し、水分・塩分を補給。体を冷やす。
中等症(II度)頭痛、吐き気、嘔吐、倦怠感、虚脱感応急処置で改善が見られなければ、医療機関への搬送が必要。
重症(III度)意識がない、呼びかけに反応しない、まっすぐ歩けない、けいれん、高体温ただちに救急車を呼ぶ。命に関わる危険な状態。

軽症段階の症状は、夏風邪や疲労と似ています。そのため、高齢者自身が熱中症と認識せず、適切な初期対応を取れなくなる危険性があります。

参考:熱中症予防情報サイト

第3章 今日から始める3つの熱中症対策

熱中症は予防が何よりも大切です。日々の生活に以下の3つの対策を取り入れることで、熱中症の危険を大きく減らすことができます。

3.1.「水分と塩分」を補給する

水分と塩分を補給

熱中症予防の基本は水分補給ですが、単に水を飲むだけでなく、「何を」「いつ」「どれだけ」摂るかが重要です。

まず、「喉が渇く前に」こまめに水分補給することを心がけましょう。具体的には、1日あたり1.2L(コップ約6杯)を目安に、1時間ごとにコップ1杯(約200ml)を飲む習慣をつけましょう。

特に、水分が失われやすいタイミングでの補給は欠かせません。起床時、入浴前後、就寝前には必ずコップ1杯の水分を摂るようにしましょう。夜間のトイレが心配で寝る前の水分補給を避ける方もいるかもしれませんが、これは夜間の熱中症リスクを高める直接的な原因となり得ます。夜間の脱水は、翌日の熱中症にも繋がるため、就寝前の補給の重要性を改めて認識することが大切です。

また、大量の汗をかいた場合は、水分だけでなく塩分も忘れずに補給する必要があります。スポーツドリンクや経口補水液は、水分と塩分を効率よく補給できるため推奨されます。食事を通して、梅干しや塩昆布などの塩分を適度に摂ることも有効ですが、高血圧や腎臓病などの持病があり、水分や塩分の摂取量を制限されている方は、必ずかかりつけ医の指示に従ってください。

3.2. 室内・屋外の「環境」を整える

エアコン

熱中症は屋外だけでなく、屋内で発生するケースも少なくありません。特に高齢者の屋内での死亡事故のうち、9割近くがエアコン未使用の部屋で発生しているというデータがあります。

室内では、エアコンを積極的に使用することが何よりも重要です。可能であれば、扇風機や換気扇を併用しましょう。

参考:高齢者のための熱中症対策 | 厚生労働省資料

外出時は、日中の暑い時間帯を避け、日陰を選んで歩きましょう。日傘や帽子を活用することも大切です。服装は、ゆったりとした通気性の良い、吸湿性・速乾性のある素材の服を着るようにしましょう。

3.3. 熱に負けない「体」をつくる

栄養バランスのとれた食事

熱中症に強い体をつくるために、まず、バランスの取れた食事を心がけましょう。

ビタミンB1

ビタミンB1は豚肉、うなぎ、玄米、大豆などに多く含まれ、は糖質をエネルギーに変え、疲労回復を助けます。にんにくや、ねぎに含まれるアリシンと一緒に摂ることで吸収率が上がります。また、玄米は白米の約8倍のビタミンB1を含みます

たんぱく質

たんぱく質は筋肉や血液など体を作る主成分であり、不足すると体力低下や疲労に繋がります。ビタミンB6と一緒に摂ることで代謝が促進されます。鶏のむね肉やカツオなどに含まれるイミダゾールジペプチドは、疲労回復に効果的な抗酸化作用のあるアミノ酸として注目されています

また、筋肉は体内の水分を蓄える役割があるため、筋肉量の維持や向上を目指して、タンパク質を意識的に摂取することが重要です。きゅうりやスイカなどの夏野菜は、水分とカリウムを同時に補給できるためおすすめです。

参考:熱中症を予防する食事の摂り方

次に、質の良い睡眠を確保することです。熱中症は日中の気象環境や行動だけでなく、前日の夜間平均気温や睡眠状況が関係していることが分かってきました。睡眠不足によって体のリズムが乱れると、体温調節機能がうまく働かなくなり、熱中症を発症しやすくなります。

参考:夏の疲労回復は睡眠がポイントです。 | アルプス電気健康保険組合

第4章 「もしも」の時の応急処置と救急車を呼ぶタイミング

救急車

万が一、熱中症にかかってしまった場合、次のステップに従って、落ち着いて行動しましょう。

4.1. 熱中症が疑われるときの応急処置:3つの冷却ステップ

熱中症の初期症状が見られたら、以下の応急処置を速やかに行ってください。

①涼しい場所へ移動

風通しの良い日陰や、エアコンの効いた室内など、涼しい場所に移動させ、衣服を緩めて体を休ませます。

②水分・塩分を補給

スポーツドリンクなどで水分と塩分を補給します。大量に汗をかいたにもかかわらず、水だけしか補給していない状況で、熱けいれんが疑われる場合には、スポーツドリンクに塩を足したものや、生理食塩水(0.9%食塩水)など濃い目の食塩水で水分と塩分を補給します。

③体を冷やす

衣服をゆるめて寝かせ、うちわなどで仰ぎましょう。水道につないだホースで全身に水をかけ続ける「水道水散布法」をしましょう。氷水の洗面器やバケツで濡らしたタオルをたくさん用意し、全身にのせて、次々に取り換えてください。扇風機も併用します。氷やアイスパックなどを頚、腋の下、脚の付け根などに当てて追加的に冷やすのも効果的です。

参考:熱中症が疑われる時の応急処置 | 大塚製薬

4.2. ためらわず救急車を呼ぶ「緊急サイン」

熱中症の症状が進行し、命に関わる危険な状態である「熱射病」の兆候が見られた場合は、一刻の猶予もありません。ためらわずに救急車(119番)を呼んでください。

以下が、救急車を呼ぶべき緊急性の高いサインです。

  • 意識がない、または呼びかけに反応しない、言動がおかしい
  • 自力で水が飲めない、または吐き気を訴え、吐いている
  • 全身のけいれんがある
  • まっすぐ歩けない、立てない
  • 体が熱くて触ると熱い

救急隊が到着するまでの間は、体を冷やす応急処置を継続してください。

おわりに

熱中症は、正しい知識と日々の習慣によって、十分に予防できる病気です。これまで解説したように、熱中症予防は一時的な対策ではなく、生活全体に関わります。特に高齢者の皆様は、ご自身の体調の変化に注意し、少しでも「いつもと違うな」と感じたら、熱中症を疑いましょう。

この記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的なアドバイスや診断を代替するものではありません。熱中症の症状が見られる場合や、健康に関して懸念がある場合は、必ず医師や専門家の診断を受けてください。この記事の内容は、利用者自身の判断と責任においてご活用ください。本情報の利用により生じた損害やトラブルについて、当方は一切の責任を負いかねます。

引用文献 (2025年8月21日にアクセス)

◆熱中症にご注意ください | 日本医師会https://www.med.or.jp/people/health/heatstroke/006849.html

◆熱中症特別警戒アラートとは?発表時の対策と熱中症予防のポイント | 政府広報オンライン https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201206/2.html

◆高齢者のための熱中症対策 https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/pdf/heatillness_leaflet_senior_2022.pdf

◆体温調節機能が若者とは違います | 高齢者の体温 | 体温と健康

https://www.terumo-taion.jp/health/senior/article02.html

◆高齢者の熱中症に注意を!~落とし穴に気を付けて~ - 松戸市医師会 https://www.matsudo-med.or.jp/column/319/

◆熱中症にご注意ください!  平塚市

https://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/kenko/page-c_02049.html

◆【これって熱中症?】よくある初期症状と対策ポイント6つ | 徹底解剖!ひろしまラボ - 広島県 https://www.pref.hiroshima.lg.jp/lab/topics/20220803/01/

◆熱中症対策のための高齢者への見守り・声かけについて - 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/001293888.pdf

◆夏が来る!!~高齢者における夏の過ごし方 - 医療法人社団倫生会 みどり病院 https://midori-hp.or.jp/nursing-outpatient-blog/web20200720/

◆熱中症の症状 | 熱中症ゼロへ - 日本気象協会推進

https://www.netsuzero.jp/learning/le01

◆「熱中症について」:みんなの医療ガイド | 公益社団法人全日本病院https://www.ajha.or.jp/guide/23.html

◆熱中症の症状と対処 - 京都府https://www.pref.kyoto.jp/tikyu/adaptation/heat_stroke_deal.html

◆高齢者のための熱中症対策https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/pr/heatillness_leaflet_senior_2021.pdf

◆高齢者のための熱中症対策| 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/pdf/heatillness_leaflet_senior_2021.pdf

◆熱中症の予防・対策 | 熱中症ゼロへ - 日本気象協会推進 https://www.netsuzero.jp/learning/le02

◆熱中症を防ぎましょう - 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/prevent.html

◆熱中症に注意しましょう(高齢者の注意点) - 千葉県https://www.pref.chiba.lg.jp/ontai/necchusho/koreisha.html

◆東京都熱中症対策ポータル

https://wbgt.metro.tokyo.lg.jp

◆シニアの熱中症を防ぐファッション - ダスキンヘルスレント https://healthrent.duskin.jp/column/library/127/

◆救急搬送者を 一人でも減らすために https://www.erca.go.jp/heatstroke/about/pdf/download01.pdf

◆熱中症について-八戸地域広域市町村圏事務組合消防本部https://www.city.hachinohe.aomori.jp/section/koiki/shobo/heatstroke.html

◆伊万里・有田消防本部 熱中症について

https://www.imari-arita119.saga.jp/firstaid/_1406.html?media=pc

◆熱中症が疑われる時の応急処置 - 大塚製薬

https://www.otsuka.co.jp/health-and-illness/heat-disorders/first-aid

◆熱中症が疑われる人を見かけたら - 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/happen.html

熱中症を防ぐ、エアコンのかしこい使い方 | 和歌山県

◆脱水症状は「乾いてからでは遅い」の意識を徹底 | オムロンヘルスケア

https://www.healthcare.omron.co.jp/resource/column/life/182.html

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